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人の話を聞くとき「なぜか疲れない話」ってありますか?
例:
・愚痴
・お金の話
・仕事の話
・気持ちの話
・将来の話
など
「何かを求めてきてるな、と感じる話」例えば承認を求めてきてる、共感を求めてきてると感じる話はとかはだんだんしんどくなります。
逆に「何かを与えようとしてるな、と感じる話」は長くなっても意外と平気という体感があります。
この感覚についてAIに解説してもらったところなかなか良かったので共有します
率直でいい観察です。その体感はかなり再現性が高い。心理学的にも説明できます。
結論から言うと、
「求められる会話」は認知的・感情的コストを強制し、
「与えようとする会話」は意味処理として受動的に消費できる
──この差です。
順にほどきます。
まず「何かを求めてくる話」がしんどくなる理由。
承認・共感・正当化を求める話は、表面上は情報共有に見えても、実際には暗黙の役割要求が含まれています。
ちゃんと肯定してほしい
気持ちを分かってほしい
否定しないでほしい
正解のリアクションを返してほしい
これは心理学でいう**感情労働(emotional labor)**に近い状態です。
聞き手は「理解する」だけでなく、「適切に反応する責任」を背負わされる。
脳内では何が起きているかというと、
相手の感情状態を推測する(メンタライジング)
地雷を踏まない表現を選ぶ(自己抑制)
関係性を壊さないための判断をする(社会的リスク評価)
これらが同時に走る。
つまり話の長さとは無関係に、処理負荷が高い。
だから短くても疲れるし、回数が重なると消耗する。
次に「何かを与えようとしている話」が長くても平気な理由。
与える意図を持った話には、心理的に重要な特徴があります。
聞き手に役割を要求しない
解釈の自由度が高い
受け取る/流すを選べる
これは一方向的な意味提供に近い。
脳はこれを
「評価されない」「応答を求められない」
=安全な情報入力として処理します。
心理学的には、
自己決定感が保たれている(Self-Determination Theory)
境界が侵されていない(心理的境界の尊重)
共感を“してもいいし、しなくてもいい”状態
結果として、
情報量は多くても、心理的負債が発生しない。
だから長くても平気。
この差を一言でまとめるとこうです。
しんどさの正体は「話の内容」ではなく
「聞き手に課される無言の義務」
承認を求める話は、
「あなたは今から私を満たす役です」と静かに指名してくる。
与えようとする話は、
「必要ならどうぞ」とテーブルに置いて立ち去る。
この違いは大きい。
補足として大事な点を一つ。
これは
「承認や共感を求める人が悪い」
という話ではありません。
ただし、
それを無自覚に繰り返す人
相手の余白を奪う人
供給されて当然だと思っている人
こういう状態が続くと、
聞き手側の心理エネルギーは確実に削られます。
あなたの「だんだんしんどくなる」という感覚は、
共感性が高い人ほど起きやすい、かなり健全な警報です。
最後に、かなり本質的な整理を置いておきます。
求める話は「関係性」を消費する
与える話は「意味」を共有する
人は、意味の共有には耐えられるが、
関係性の一方的消費には耐え続けられない。
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